寒さがぶり返した今週、月曜日からずいぶんと冷え込みましたね。
気温がグッと下がると、無性に温かいものが恋しくなるノア人間の性(さが)でしょうか 笑
この記事では、3月なのに雪がチラついた火曜日の朝の出来事について書いていきます。
めずらしく入ってみた立食いそばで見つけた心もお腹も温まる感動から、自分の求めているものや、意識したいことを内観したので、シェアします。
立ち食いそばでまさかの感動体験
この日は朝から電車で移動していたんですが、雪が降るかもという気温の低さにホーム特有の風がまた冷たいの。
「さぶぅーーーーっ」と身震いしながら、あったかいもの食べたいなぁと思ったんですよね。
朝食もまだだったので、最近ハマっている駅のモーニングでも行こうかなと思っていたら、目の前に立ち食いそば屋さんが現れたんです。
いつもならスルーなんですけど、どうも魅力的に写っちゃって笑
券売機で食券を買っているおじさまにならって、わたしも後ろに並び、食券を買って、ドキドキしながら右奥の引き戸を開けて中へ。
と同時に、
「おはようございます〜!」と明るく元気な声。
扉を閉める背中にかかるその声に、一気に気が緩むのを感じました。
振り返るとカウンターの中には、バッチリメイクのおばちゃま。
カウンターに食券を差し出すと「そばでいいですか〜?」と。
ちょっとよくわからなかったのですが、
なんとなく「はい」と返事。(うどんもできたのかな?)
待っている…という間もなく、すぐにあっつあつのかき揚げたまご蕎麦がカウンターにおかれました。
「わぁ♡」心の声が思わず漏れて、お箸をとっていただきますをし、さっそく一口。
お腹も心もじんわり温まっていく。
\\この感じを求めてた〜!//
食べてる間ずっとニヤニヤしてたと思うんですけど笑
お蕎麦を食べていると、反対側のドアが開き、またお客様が。
「おはようございます〜!」明るい声と一緒に「いつもどうも」
この一言に、顔覚えてるんだなぁと。
立ち食いそばにも常連さんっているのか。
食べ終わって帰る時も、
「ありがとうございました」「いってらっしゃい」明るい声で送り出してくれる。
店を出て扉を閉めるその瞬間までずっと暖かくて、お店を出てからもずっとほっこり。
さっきまでの風も寒く感じないほどに。
もう500円以上の満足感と充足感がありました。
立ち食いそばでのこの体験は、わたしが“求めていたもの”に気付かせてくれました。
感動ポイント、それは生きてる実感。
生きている実感って、何かに夢中でがんばっている時や、何かを成し遂げた時に感じるものをイメージしがちですが、もっと小さい単位の生きてる実感。
そこに居るということを他者が認識した時に感じる“存在感”とでも言いましょうか。
立ち食い蕎麦屋にあって、世の中で最近めっきり減っているもの
最近は飲食店に行ってもQRコードで注文するスタイルが増えています。
オーダーをする際の会話がない。
お料理を運ぶのはロボットだったり、スポットバイトの浸透でお店のことをよく知らない店員さんに遭遇することも多いです。
最低限の業務で、コミュニケーションが取れない。
人の温かさに触れる以前に、存在を認識されていないような感覚。
透明人間になっているような。
他者に認識される機会が本当に減ったなぁと思うんです。
オンライン化が進み、人と会う機会も激減。
便利な反面、会うことが貴重になりました。
人との距離が開いて、接する機会・触れ合う機会が激減しました。
家族でなくても、身内・関係者でなくとも、人と人とが存在を認識し合う。
毎日すれ違うだけで名前も知らない人に挨拶する瞬間。
いつもは話すことはないけど、お互いに顔は覚えていて、あるきっかけで話すことになったり。
特に業務中の制服姿の人は、景色になってしまいがちだけど、そういう方々との会話やふとした親切や思いやり。
そういうものって、もっと身近にあったハズなのに、いつの間にか減っていませんか?
それが、あの立ち食いそばにはあったんです♡
この気付きから得たもの
立ち食いそばでお腹も心も満たされる感動体験から、わたしが日常で意識したいことをまとめてみました。
・日頃から、挨拶はよくする方ですが、できるだけ笑顔で挨拶しよう。
・心からの思いやりを持てるように余裕を持つ。
・多くではなくても、出逢った人達に愛を持って接する。
・会うと温かい気持ちになれる人でありたい。
心が動く瞬間=感動。
小さな出来事から得た気づきを大事にできる人でありたいと思います。

わたしが立ち飲みワインバーを愛する理由もここにあると思いました。
深い関係ではない。業務上の関係や利害もない。
人と人との交流やコミュニケーションがあって、毎回違う会話や出逢いがある。
会話自体はなんてことない内容ですが、今この瞬間に、ここに存在していることを実感できるというか。
生きてる実感“存在の認知”って、大切な人や距離感の近い関係だけじゃなくて、こういう何気ない他者との交流の中に、感じることもあるんだなと再確認できた出来事でした。